寒河江市柴橋の落裳観音には、小野小町が大沼に浮島を見に訪れたことが伝えられています。
■落裳観音(寒河江市柴橋)の由来
昔、平安期の女流歌人・小野小町が大沼の浮島を見物するために、京都から当地にさしかかった時、突然天女の姿が現れ、紫の雲の間から羽衣をおとした。その羽衣の上には、十一面観音が立っていた。小町は不思議に思い、里の人々を説いてお堂を建てた。そして、自分の持ってきた守護仏の十一面観音を安置し、天女のおとした羽衣を拾い集め、七宝の念珠といっしょに奉納して霊場とした。これが、寒河江市柴橋にある落裳観音である。
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落裳観音 小野小町が京都から来て観音堂を開き、参詣者が沢山集まってきたところから京集山と呼び、天女が羽衣をおとしたという伝説があるので、地名を落裳と呼ぶようになった。また一説には、小町は年をとってから法衣をまとって諸国を巡り、この土地に来て、その法衣を添えて納めたのがその本尊であるともいわれる。
寒河江市柴橋2494-1
■小野小町は浮島を自分に例えた和歌を詠んでいます。多賀城市の浮島を詠んだとされていますが、もしかしたら大沼の浮島を詠んだのではないでしょうか?
陸奥は世を浮島もありと云ふを関こゆるぎの急がざらなん
「つらい浮世に心をなぐさめてくれる浮島(=私)」という場所があるのだから、そんなに急いで私の元を離れていかないで(もう少しここにいて)、と恋人を引き止める女性の心情が表現された一首とされます。
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大沼に訪れた藤原実方
2018.07.06:朝日町エコミュージアム協会