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大沼に訪れた陸奥守 藤原実方

2009/04/12 08:39/大沼に訪れた陸奥守 藤原実方
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藤原実方は正暦5年(994年)に左近衛中将に叙任されました。しかし、翌長徳元年(995年)正月に突然陸奥守に左遷されています。この理由として、一条天皇の面前で藤原行成と和歌について口論になり、怒った実方が行成の冠を奪って投げ捨ててしまい、天皇の怒りを買い「歌枕を見てまいれ」と左遷を命じられたとする逸話があります。

その995年に実方は大沼を訪れて、下記の和歌を二つ詠んでいることが、山形市の千歳山万松寺に伝わっています。

 よしやそも 名こそ深山の奥なれや 花にはもれぬ 雲の上かな                                                               

 四方の海 波静かなるしるしにや 己と浮きて 遊ぶ島かな


■千歳山万松寺誌 藤原實方朝臣 より抜粋

行き行きて別れ路に逢坂山も打ち越えぬ。滋賀の浦浪立つも見つ。勢多の唐橋からころと、馬の蹄の鳴らすにも、如何に鳴海の濱千鳥、鳴く音を聞くも中々に、袖濡せとや宇津の山、遠き砧も今日許り、興津の濱に打ち出でつ…清見の月も曇りては都の空の懐かしく、富士の煙に咽びつつ、歩めば何時か足柄の、山も越えけり早川の、早くも年は暮れ果てて、それとし人も白河の、関路に春は陸奥の異なる境に着きましぬ。

此処か其処かと歌枕、阿古耶の松を尋ねても、更に其の甲斐御座さねば、来し方許り偲ぶ山、信夫の里も後にして、板谷路越えて米澤も後へに見れば、程もなく、大沼といへるにかかり給ふに、こはそも如何に、天の成せる勝地とはいへ、周り一里もあらむかと思はるる清水の漫々と湛へたる沼ありて、風のまにまに、往き交う嶋の面白く、数ふともなく数ふれば大小合わせて六十六嶋あり、風なきも岸を離れ、浪なきも岸を離れ、浪なきも游泳せる様、此の世のものとも思ほえず、恰も物のありて嶋を弄ぶが如く、小松、躑躅も藤波も、色を爭ひ、穂に出ぬ尾花も打ち雑れるに、興がらせ給ひ、

 よしやそも名こそ深山の奥なれや花にはもれぬ雲の上かな

と一首を遊ばしたるに、俄に水の沸き溢れて、天に漲るかと思はれ、数多の嶋々東西南北へと意に任せて其の状、織るが如く編むが如きに奇異の思ひをなしつつ、

 四方の海波静かなるしるしにや己と浮きてめくる嶋かな

と又も一首を詠じ給ふに、さしもに恐ろしかりつる沼水の、見る間に収まりて鏡の面よりも滑らかなり、其の折り怒れる波の溢れて枝の枝にかかり、根を洗ひたれば時人「波揚げの松」とて今の世迄も語り傳へぬ。實に「和歌は目に見えぬ鬼神をも感ぜしめし例しにや。


万松寺誌は、上記↑ダウンロードからpdfをご覧ください。

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