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夏の芋煮会“えるか汁”

魚の番人しながら
 私が子供の頃、昭和20年代の話だが、夏に、カヌーランドの所の西側の流れをまるっきりせき止めて魚を捕まえることがあった。私の父も、その4〜5人いた仲間の一人で、5年に1回位ずつ、2回やったことがある。コイやヘラブナがたくさんか獲れた。獲りきれない魚を誰かに持って行かれないように、夜通し“えるが汁”(塩クジラ汁)を食べながら、魚も焼きながら、番人として過ごすっていうのも芋煮会の一つだった。

なじみがなかった牛肉の芋煮
 青年会とか男女共同でやった芋煮会は、古い明鏡橋の少し上流や、橋の下の川原でやった。そこらにある玉石を重ねて、釜みたいに作って、大きな鍋を載せて、焚き木は流木が山ほどあるから心配なかった。今みたいに、「焚いで悪い、煙だして悪い」という法律もなかったから、もんもん焚いていた。
 こんにゃくやじゃがいも、えるがを入れて作るのだけれど、あの頃は余程の収入がないと、えるがなんて買えなかったから、安いほっけを入れたりした。青年会で、えるがを入れられたのは、今の年代でいうと76、7歳くらいの先輩方だな。
 それからあの頃、兎(うさぎ)の肉を入れて食べさせられた記憶がある。皮を売るためにどの家でも飼っていた。半年に1回位ずつなめした皮を買いに来る業者がいて、その時の肉を芋子汁にいれたりした。上手な芋煮会だとユウガオも入れたものだった。小麦粉とじゃがいもを練って作る“すっぽこ”も入れた。私などは、今の牛肉の芋煮には余りなじみがない。えるがとか兎とか、鶏や鴨の肉しか食べられなかった。芋子汁と言うよりは、えるが汁とか鳥汁、兎汁だったな。

夏の芋煮会は男女の出会いの場
 特に私が小学校四、五年生の頃は、青年会の人たちが賑やかだった。夜中の2時になろうが3時になろうが構わなかった。おまわりさんが来るわけでもないし、青年会の行事だって言えば、夜通し酒を飲んでいられるものだった。好きな者どうしが寄って恋愛の話をしたり、踊ったり、芋煮会は男女をそういう風に導いてくれるような集まりだった。明鏡橋は“男女の出会いの場”って前も話したけれど、橋の下の芋煮会もそんな風だった。でも、私が青年会に入る頃は少し冷めたような感じだったな。

すたれた夏の芋煮会
 えるが汁の芋煮会がすたれたのは昭和42年頃だった。理由はやっぱり物が豊富になったこと。それに上郷ダムができたから水が汚くなって、川に行かなくなったこともあるな。私などは昔のきれいな川を見ているから、今はあんまり行く気が起きないね。

お話 : 志藤正雄さん(栗木沢)
取材 : 平成19年
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