あさひまちエコミュージアム|山形県朝日町見学情報データベース

桜井新三郎さんのお話

 昭和十年ごろの二十五歳ぐらいの時、すでに飼っていた渡辺仕立て屋さんに教えてもらって飼い始めたんだ。
 その頃は、大谷の田んぼ一面にナタネもレンゲもあったし、田んぼのまわりは一面クローバーで真っ白だったなよ。ミツバチを飼っている人も少なかったから、一箱で二斗もハチミツ採れっかった。レンゲは青刈りして、切って、田んぼさまいたんだ。今みたいに肥やしを買わんにがったからな。ナタネは、自家用の油取るためと、田んぼで使う牛の飼料代わりにした。どだな狭いところにも植えたんだ。何でも今は買ういがら、いらないんだは。すばらしくきれいな風景だった。
 戦争中は、召集二回受けた。もったいなくて、十群あるうち一つだけ残して戦争さ行った。そしたら渡辺さんが見ていてくれて、なんとか生かしておいてくれたっけ。
 戦争直後は砂糖がないから、ハチミツはえらい貴重だった。店で売る氷水に、砂糖とハチミツ混ぜたのをかけてた。香りも違うから売れたのったな。「亀屋の氷水はハチミツ入りだ」っていうなで、えらい有名だったんだ。わざわざ隣町からも食べに来るもんだっけ。
 戦後、大谷の役場に「農会」っていうのがあって、養蜂を副業にすることを奨励していた。
将来、果樹の受粉にもいいっていうなで、先生呼ばったり、共同のハチミツを採る「遠心分離機」を買ってくれたりして、けっこう採っている人いたんだ。
 もちろん、ハチミツを採った分だけ砂糖も食わせらんなねがった。たいがい、一箱に一貫目(約4圈某わせた。
 トラック持っていねがら、家の裏から移動しないで飼っていたんだけど、一番困ったなは、田んぼにヘリコプターの消毒するべ。土手さあるクローバーにも、みな撒かれるものだから、いつのまにか蜂がだんだん減ってしまうなだ。みな死んでしまうんだ。そして、これはダメだと思って蜂飼い止めだなよ。昭和六十三年頃だな。

お話 : 桜井新三郎さん
(大谷 明治四十四年生まれ 農業と商店「亀屋」経営)

エコミュージアムの小径『みつばち』(1994年発行)より抜粋
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